情熱講演の講師プロフィール

 

1975 年群馬県生まれ。
県立高崎高等学校を経て、法政大学経営学部経営学科卒。専攻は経営戦略学。
大学卒業後、株式会社キーエンス(一部上場企業)入社。
FA関連製品のコンサルタント営業業務等に従事。
最後のボーナスを受け取る3年と2ヶ月間、常にサラリーマンであり続けるという現実と葛藤。
退職後、空白の時代を過ごす。
どん底の時代において数々の成功者との出逢いから、経営者としての人生を選択。
パソコン一台、オフィスは自宅にて、たった一人で株式会社レバレッジを設立。

現在、株式会社レバレッジを含め、3社を経営しながらも、自身の起業までの経験と思考法を学生や起業家たちへの講演も数多い。
一般社団法人“日刊スゴい人”では理事および、ブランドプロデュースも兼任し、
世の中の凄い人たちへの日々のインタビュー活動においては、現代のナポレオン・ヒルと言われる側面も持つ。

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日本一熱い「情熱講演」
只石昌幸の外部活動

 

一般社団法人ライジングサンジャパン
只石昌幸の外部活動
日刊スゴい人!

2009年9月9日から『日本の若者たちを元気にする!』と情熱的に

スタートした日刊スゴい人!という一般社団法人の活動。

只石は、この日刊スゴい人!の活動において創業メンバーとして

企画担当理事として参画。

2013年1月までに、のべ800人のスゴい!と言われる世界中の

成功者、有名人、文化人、アスリートを取材して、その記事を

5万人近くの読者に配信中。

また、この日刊スゴい人!の活動において800人への直接インタビューの

様子は、成功統計学として、日刊スゴい人!の編集長である

前山亜杜武が1冊の本にまとめた。

これは、1人の成功への奇跡ではなく、数百名の成功への統計が

分かりやすく描かれているということで、

2012年のベストセラー本にもなった。

只石は、この日刊スゴい人!の活動を通じて、今もスゴい人と会い続け

ここから得た成功の統計は講演においても広く伝えている。

スゴい人の法則~自分の未来を成功に導く3つの秘訣
只石昌幸の外部活動
<著>日刊スゴい人!編集長 前山亜杜武

 

情熱講演で伝えたい想い

 

僕という、ひとりのオトコを通じて、アナタの中に無限な可能性を感じて欲しい。

僕の本業は、経営者。講師業や、先生っていう職業ではなく、経営者。
しかし、講演やセミナーの壇上に立たせていただくチャンスをもらった以上、
伝えたいことを、僕流に伝えたい。僕にしかできないやり方で・・・

「人は誰でも、限りなく無限の可能性に満ちている」

サラリーマンの世界では競争に負け続け、逃げるようにしてドロップアウト。
「 将来、伝記を書いた時のネタに!」と、
甘い考え方で飛び込んだホストの世界でも、
テレビで見る派手な印象の裏側とは真逆の過酷なまでの
努力の積み重ねと実力主義の厳しい環境に、早々に諦め、逃げまくった結果、
すべてを失った。

環境のせいでも、上司のせいでも、親のせいでもない。
すべて、自分の選択した結果、
すべてを失い、すべてを諦めてしまった。

そんな僕でも、今や、たった一度の人生を楽しんでいる。心のそこから。
これだって、すべて、自分の選択した結果。

「ここまでドン底を経験したからこそ言えること、伝えたい」

起業できたから幸せになったのではなく、
以前よりも収入を得たから幸せになったのではない。
ただ、ただ、“自分の可能性を信じて、生きる日々”が僕に幸せをもたらした。

正解、不正解かじゃないと思うな。だって世の中で何が正解かってないからね。
できるできないじゃなく、考えずに、やってみたっていいんじゃないかな。
大事なことは、正解を確かめるのではなく、待っているのではなく、行動する。

僕の人生は、僕が言うのもなんだけど、面白すぎる。
だからこそ、経験からすべてを語りたい。リアルに具体的に。

僕には誇れる知識も戦略もない。でも、経営者として実働しているからこそ
講師業の方や、学校の先生には伝えられない、
僕だけのメッセージだってあるはず。

僕は、気づいて変われた。人は、徐々に変わるのではなく、一瞬で変われる!

次は、アナタです。でも、僕だってもっともっと成長したい!
今日の出逢いが、アナタの人生のTURNING POINT になれば
これ以上、僕にとって、喜ばしいことないです!

たった、ひとつでいい・・・
今日、たったひとつの人生を変えちゃうほどの
インパクトある“気づき”を見つけて欲しいです。

  株式会社レバレッジ 代表取締役社長 只石 昌幸

 

只石昌幸の夢と理念

 

情熱講演を通じて
依存ではなく自立した人を増やしたい

 

僕は、会社に依存し環境に依存し、依存の行き着く先まで経験できた。

依存の成れの果ては無力でしかない。

そんな僕が、ゼロから起業し、今や10年以上黒字経営をしている。

 

なぜか?

 

僕が、今まで依存し続けてきた、“他人や環境や時代“ではなく、

“絶対的に失わないモノ”と“自分自身”に依存を始めたからだ。

 

僕が、本気で依存しているモノが3つある。

 

1. 仕組み(マイルール)

2. 普遍的統計学

3. 自分の潜在能力

 

これらは、絶対に裏切らないし、自分から去ることはないし、変わらない。

根底にあるのは、これら3つによって、自分をコントロールしようとするのだ。

 

完璧なる仕組みを追い求めて、ずっと黒字経営を続け、

ビジネスの原理原則と普遍的統計学から導き出した提案を出し続け、

自分の潜在能力から毎日アイデアを出し続ける。

 

これらを、机上の空論ではなく、完全に“自分の経験と実利”から伝えることで

その日から踏み出せる、あなたの一歩のきっかけを生むことが

僕のミッションです。

 

僕らは、日本中に情熱を引火させたい!

 

情熱講演メッセージ

 

なぜ、情熱講演を全国でやり続けているのか?

 

日本中を熱狂的な情熱人に満たしたい!

僕はたくさんの人に出逢い、たくさんの御縁を頂き

そこで、たくさんの“気づき”を感じ、自分の成長を感じました。

時として、その気づきのインパクトが大きい時、一瞬にして

昨日まで見ていた風景が全く違って見える時があります。

 

「人は、自分自身の可能性を信じている限り、気づきによって無限に成長する」

 

僕は、そう心から信じてます。

だから、次は、僕が講演を通じて、皆さんに気づきを与える番です。

心から溢れ出るエネルギーを感じてください。

 

その瞬間から、辛い努力が、楽しく積極的な姿勢に変わります。

情熱的に生きよう! 僕が変われたのだから、誰でも変われる。

 

僕にしか伝えられないメッセージを、熱狂的に伝え続けたい。

日本中を熱狂的な情熱人に満たしたい!

 

只石昌幸のマイルール

 

~只石が大事にしているこだわりマイルール~

《ビジネス》

誰もやってないビジネス以外やらない

自分がワクワクする仕事以外やらない

ひとりで思考する時間は毎週必ず取る!


《旅行》

ツアーの人達と行く旅行は一切行かない

毎年、必ず6回は海外に行く


《家族》

講演活動以外、週末は家族と過ごす

週末の家族との予定は手帳に1年分先に書いておく


《ファッション》

地味なモノは着ない!

赤いパンツしか履かない!


《健康》

身体のトレーニングは毎日必ず行う

毎日、野菜ジュースをとる

どんなに辛くても極真空手の道場には毎週通う


 

ある方のFacebookのウォールの記事

 

-とある日のFacebookのウオールにて-

『人生を変えたきっかけ』

僕は、

杉浦央晃といいます。

今は、

起業して、

株式会社IVIAという会社で代表をやってます。

今日は僕の人生を変えた人の話しをします。

まだ、

僕が、独立して間もないころの話です。

『あなたは人生を変える出会いをした事がありますか?』

僕はこの3年間の中で、

多くの人と出会いました。

今日はその中で、

僕を大きく変えた1人をご紹介します。

今まで40年生きて来て、

こんな出会いは、はじめてです。

2009年の春。

息子が大好きな僕のカルボナーラを

食べて死にそうになりました。

アレルギーのおこすアナフィラキシーショックというものです。

3歳の息子が食事中にフォークを落とし、

振り返ると顔は真っ赤で呼吸も乱れ震えていました。

僕は、

息子を抱きかかえ無我夢中で病院へ走りました。

いまだに、

どうやって病院まで行ったのかさえ覚えていません。

息子は卵、牛乳のアレルギーでした。

しかも、ちゃんと調べたら、

それ以外にも沢山のアレルギー反応が出ました。

それからと言うもの、

息子の食べるものはほとんど無くなりました。

食品の裏をよく見ると、

ほとんど卵と乳製品が使われています。

当然お菓子も全滅。

幼稚園では、給食のプリンを自分だけ食べられないと

よく泣いて帰って来ました。

僕自身が卵アレルギーだった為、

完全なる遺伝です。

正直、責任を感じ、

息子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

息子が大好きだったアイスクリームも食べられません。

そして氷をなめる息子を見て、

彼が食べられるアイスを作ろうと決意しました。

それからしばらくして、豆腐を使ったアイスが完成。

豆乳なら飲めたので、

このアイスは息子にとって最高のデザートになりました。

2009年9月。

僕は、

このアイスをアレルギーに悩む子供達に食べてもらいたいと、

思いきって起業したのです。

起業したものの、

店舗を作るお金などなかったので、

ネットショップを立ち上げをしました。

しかも、

この時の僕のネットスキルはメールをするだけと言うお粗末なもの。

僕はすぐに本屋でホームページの作り方、

ネットショップの作り方など、数冊を購入してきました。

苦しい事に、

僕はいまだにカナ入力をしています。

ホームページは全て英語。

僕はキーボードのローマ字の場所が分かりません。

まさに人差し指1本でのホームページ作りが始まったのです。

9月に起業した会社。

ネットショップが完成したのが翌年の7月。

この間10ヶ月無収入。

その頃の僕は貯金は無くなり、

借金まで抱えていました。

息子を遊びに連れて行く事も出来ず、

毎日、朝から晩までパソコンの前に座る日々。

僕はなんのために起業したのか・・・

自問自答する日々でした。

一年間外食0回。

他人との交流0回。

旅行、行楽地、当然0回。

悲惨な状態でした。

それでも、ネットショップが完成した翌月に、

はじめて1セットのアイスが売れました。

3500円の売り上げ。

その注文メールを見た時、

自然に涙があふれました。

しかし、

起業して1年目の売り上げはこの3500円だけ。

仕入れが発生するので、

利益は600円ほどなのです。

1年間こんなにがんばってきたのに600円の利益。

ここからだ!

前向きにがんばろう!

そう思っていた矢先、

息子が原因不明の病気になりました。

熱は40度から43度を行ったり来たり。

最初はただの風邪だと思い、

病院へ連れて行きました。

どこの病院でも、

明日には良くなると言われ点滴をして帰って来ました。

しかし、次の日も、

その次の日も全く変化はありません。

僕達夫婦は、頼むから入院をしてちゃんと検査をしてくれ!

と医者を怒鳴りつけました。

子供の異変は親が一番よく分かります。

そして初日に入院した病院から原因がわからないと連絡があり、

大手の病院を紹介されたのです。

原因がわからないってなんだよ!!

入院した次の病院でも

原因がわかりませんでした。

息子は毎日40度以上の熱を出し、

白目をむいてゼェゼェと息をしているだけでした。

何本も点滴を刺され、

身動きが取れないようにベッドにくくりつけられているのです。

そして名前を呼んでも、

目がこちらに動くだけの状態が続きました。

僕ははじめて息子の死を意識し、

病院で付き添いをする嫁や息子の着替えを洗濯する日々でした。

この時、車の中で親父に電話をして泣き崩れ弱音を吐きました。

息子がやばいかもしれん。

どうすれば代わってやれるんだ!

どうすれば、またうるさく騒いでくれるんだ!

親父・・・死んだらどしょう・・・

言葉にならない声で、

何度も何度も親父に叫びました。

聞いている親父もきっと苦しかったと思います。

仕事は軌道にのらず、

借金まで抱え、息子は瀕死の状態。

病院にいる時も

怖いお兄さんから何度も電話がかかってきます。

その日の夜。

パソコンに届いた1通のメルマガ。

そのメルマガには、

何故か激励と励ましの言葉が詰まっていたのです。

僕はメルマガを読んで号泣し、

発行者にメールをしました。

息子が今、こんな状態で落ち込んでいました。

あなたのメルマガに勇気をもらいました。

ありがとう。と・・・

名前もよく知らない、

顔も知らない、どこで何をしている人かも知らない。

知人にすすめられ、数か月前から読んでいたメルマガです。

その5分後。

メルマガの発行者からこんなメールが届きました。

「僕はあなたの事は知らない、あなたも僕の事は知らない。

 でも、僕のメルマガを読んでくれていると言う事は、

 少しは僕の事を知っているはずです。

 僕の事を信用してくれるなら、病院を教えて下さい!」

と・・・・

日々の疲れと、息子の死を覚悟していた僕は、

お見舞いカードの1枚でも送ってくれるかと思い病院を教えました。

次の日。

昨日のメルマガ発行者の方が、

大きな花束を持ってお見舞いに来てくれたのです。

本当にビックリしました。

僕は家で洗濯物をたたみ、

病院へいく準備をしている所でした。

そんな時に嫁さんからの怒りの電話!

「突然、あなたの友達が来たわよ!

 私はパジャマでスッピンだし、来るなら来るって教えておいて!」

僕は何の事か分からず、茫然としました。

名前も聞いても思い出せないのです。

そんな人知らないし・・・・

その人が昨日、

一度だけメールをやり取りした人だと気づくまで時間がかかりました。

だってありえないでしょ。

顔も知らないのに。

名前もうろ覚えなのに。

常識では考えられないわけです。

後に彼は、こう言っています。

「常識どおりやって成功するなら、日本人は皆成功者だ!

 夢を実現している人は常識じゃない事をやっている!」

と。

今でも、

この時の感謝の気持ちは忘れません。

彼がお見舞いに来てくれた翌日、

息子の病名がわかり、使える薬がわかりました。

そして息子はみるみるよくなり、

数日後に無事退院したのです。

退院後。

僕は彼にお礼を言いたくて、

彼の会社を訪ねました。

忙しい彼は30分だけ時間を

作ってくれました。

正直僕は、

彼にお礼を言い会社を止めるつもりでした。

しかし、彼の口から出た言葉は衝撃でした。

「アメブロがんばったら成功するから!」

後で知った事ですが、

彼はその時アメブロのカリスマブロガー!

多い時は1日50万アクセス!

ヤフーのトップページに直リンクされるほどの

人気ブロガーだったのです。

彼は、会社でアメブロの勉強会をしているから

一度おいでと僕を誘ってくれました。

僕は、これが最後のお付き合いだと

思って勉強会に参加したのです。

勉強会では目からウロコの情報満載でした。

僕は、

金脈を発見した気持ちで意気揚々と、

自宅へ帰ったのです。

自宅のリビングでは通帳と離婚届けを出している

嫁さんがいました。

そして一言。

「あと3ヶ月で、この家に住めなくなるよ」

金脈を発見した僕への最後通告・・・

タイムリミットはあと3ヶ月!

この後、

嫁さんに言った一言で大ゲンカになったのです!

「3ヶ月間アメブロやっていい?」

今思ったら嫁さんが正しいですよね(笑)

借金して、バイトでもしなきゃいけない時に、

ブログやるって言われたのですから。

嫁さんは3ヶ月後に離婚を決意していたようです。

僕は、絶対になんとかなると信じて、

アメブロを続けました。

この3ヶ月、布団で寝た記憶はありません。

死ぬ気でやる!!

簡単な言葉ですが、

僕は過去にここまで死ぬ気でがんばった事は

無かったかもしれない。

1日20時間はブログをしていました。

タイムリミットの3ヶ月後。

1年で3500円しか売れなかったアイスが、

200倍以上の売り上げとなりました。

会社は倒産の危機をまぬがれたのです。

そして、このノウハウを多くの人に知ってもらい、

僕と同じように苦しんでいる会社を助けたい。

その思いから、

僕のコンサル業がスタートしました。

後に彼は笑いながらこんな事を言いました。

「あの日は別の用事があったから、ついでに病院に行ったんだよね!」

ついでと言うけど

方向は逆です(笑)

どこまでが本意なのかいまだ読めない人です。

先日、

彼と初めて2人で食事をしました。

出会ってから、ちょうど2年。

あの時の事、そして今がある事。

その感謝の気持ちを全て話しました。

まだまだ、彼の足もとにも及ばない。

彼ほど非常識な事をやれない。

でも彼の行動が僕の人生を変えた事は間違いない。

人生を変える出会いなんてそうそう無い。

だからこそ自分もそんな男になりたいと思う。

あなたのお蔭で人生が変わった。

そう言われるような男に。

1年半でコンサルしてきたブログは500件を超えました。

そして、多くのブロガーさんが結果を出してきました。

こんな事が出来る様になったのも全て彼と出会ったから。

彼の名前は 只石昌幸

日本一赤色が似合う熱い男。

只石さん ありがとうございます。

心から感謝しています。

株式会社IVIA 代表取締役 杉浦央晃

杉浦さんのFacebook:http://www.facebook.com/mugen.sugiura

杉浦さんの息子さんからのお手紙 今では元気いっぱいと聞いてます!

杉浦央晃さんからのお手紙

 

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